君とカレイドスコープ



●○●



可愛いお嬢さんとの魔法のような素敵な時間が終わりを告げようとしていた。
箒に乗せたフランドールを紅魔館の入り口まで送り届けた魔理沙は少し寂しそうだ。

「魔理沙、ありがとう」
「おう、それじゃ・・・またな―」
「あっ・・・!待って!」

寂しそうにしているのを悟られないようにと顔も見ずに踵を返した魔理沙をフランドールは引き止めた。
フランドールは彼女の腕を力一杯に引いたものだから魔理沙は後ろに倒れそうになったのを必死で堪えた。
体勢を持ち直したところで魔理沙は腕を握るフランドールの方へ向き直す。

「妹君?」
「いかないで・・・魔理沙・・・」

大きな瞳は何かお願いしているかのように見つめてくる。
フランドールはその瞳で必死に魔理沙を引き止めた。

「一緒に来てほしいの。やっぱりまだ一人で行くのは・・・怖い」
「・・・いいのか?私が行っても」
「頼ってごめんなさい。でも、貴女がいてくれるだけで元気が出るの」

自分を必要としてくれていることが嬉しくて魔理沙は恥ずかしそうに頭を掻いた。
彼女のお願いに頷き、そしてフランドールの小さな手を握った。

「行こうか、妹君」
「うん」

小さな手は魔理沙の手を強く握り返して、共に歩を進めた。



●○●



ガタン、と大きな音を立てて扉が開くと同時に名前を呼ばれた。

「妹様!?」

声の主は二人に向かって歩いて来ていたパチュリーだった。
外へ出てフランドールを捜しに行くところだったのだろう。
大きな声を向けられフランドールは肩を竦ませる。
その横で魔理沙は丁度いいタイミングに帰ってきたなと思いながら驚くパチュリーを見ていた。

「どうして貴女がここにいるのよ・・・」
「運命の悪戯ってやつじゃないか?でも今日は図書館には用が無いんだぜ」
「貴女なら用があっても図書館には来ないで頂戴」
「それはできないお願いだな」

二人の会話がここで途切れると、話を元に戻そうとパチュリーは再びフランドールに向き直した。

「心配したわ妹様」
「ごめんねパチュリー・・・魔理沙は私が連れてきたの。でも魔理沙が私を元気付けてくれたのよ」
「そうでしたか。おかえりなさい、妹様―」

フランドールの頭をパチュリーは撫でて微笑んだ。
パチュリーのやさしい表情に安心して自然と笑みが零れたフランドールはそれはとても嬉しそうだった。
ついさっきまで落ち込んでいた彼女の姿を思うとパチュリーは、可愛らしい笑顔を見れたことで彼女自身も安心した。
パチュリーは魔理沙に向けて一言放つ。

「貴女も・・・たまにはやるじゃない」
「あ、まあな・・・て、たまには・・・?」

褒められているのに何故か嬉しくない、魔理沙は内心複雑に思った。
パチュリーはいつの間にか魔理沙と繋がれていた手を離し、フランドールを連れて廊下を進んでいた。

「いつの間に!?私を置いてくなって!」

慌てて魔理沙は二人を追いかけた。
追いついた時パチュリーに「廊下は走らないで」と注意されてしまった。
廊下を進みいくつかの扉を通り過ぎながらパチュリーに案内されるがまま歩いていた。
ふとある扉の前でパチュリーが立ち止まり、ここよ、と指を差して示した。
ここと示された扉の向こうには、ついさっき喧嘩をしたばかりの姉が待っているはずだ。
フランドールはそれが分かっていた。だから彼女にとって扉を開くことはとても難しかった。
扉に手を伸ばしても怯えてまた手を引っ込めてしまう。
しばらくの間、彼女はそれを繰り返した。
そこへ、優しく魔理沙が背中を押した。

「みんながついてる。だから大丈夫・・・だろ?」

その言葉に勇気を貰い、小さな頭がこくりと頷いた。ゆっくり扉に手をかける。
いつもなら簡単に開く扉も今日だけはとても重たい、心の中でフランドールは思った。



●○●



「フラン・・・!?」

第一声にレミリアの声が三人の元へ届く。
喧嘩したばかりなのに姉が自分の名前を呼んでくれたことに、じつはこの時フランドールは驚いていた。
信じられないと言わんばかりに目を丸くして、呼ばれても返事ができずにきょとんとしていた。
そこへ、しばらく聞いていなかった声音がフランドールを呼んだ。

「フランお嬢様、おかえりなさいませ」
「咲夜・・・もう、大丈夫なの・・・?」
「ええ、この通りもう平気ですわ」

三人の分身に捕らわれ気を失っていた咲夜が真正面側にあるソファに座って笑顔を見せていた。その傍にレミリアもいる。
あんな酷いことをされたのに笑顔で“おかえり”と言ってくれた咲夜に、心の底からフランドールは嬉しくて涙を流した。
涙が零れた瞬間感情が昂り、嗚咽が止まらなくなってしまったフランドールをレミリアは見つめ、咲夜は慌てて傍に駆け寄った。
咲夜は自分が泣かせてしまったことに焦り、小さな背中を撫でてあげた。

「泣かないでください・・・貴女は何も悪くないですわ」

部屋という限られた空間に、少女の啜り泣く声が響いた。
咲夜、魔理沙、パチュリーは互いに視線を合わせ困惑した表情を見せていた。
フランドールは苦しそうに胸に手を当てている。
レミリアは彼女をずっと見つめている。
何を思いながら。
何を言おうとして。
何をしようと思っているのだろうか。
誰にも思惑が分からないまま、ただただ我が妹を黙って見つめていた。

「・・・・・・皆、下がってくれるかしら?」

ようやく言葉を発したレミリアはこの部屋から出てくれないかと頼んだ。
咲夜は黙ってレミリアの言う通りに従い、フランドールをその場に残して魔理沙とパチュリーを扉の向こうへ連れていった。
最後に部屋の外へ出た咲夜は扉を閉めて姉妹を部屋に残した。

「おい、いいのか?今の状態の妹君を一人にして・・・」

魔理沙には部屋を出るその意味が分からなかったが、咲夜とパチュリーは何かを悟ったようで魔理沙の言葉に返事をせず、頷いた。
部屋は二人だけになってしまった。
フランドールはまだ泣き止むことはない。

「フラン・・・?」
「・・・う・・・ぅ・・・っ・・・」
「そう。いいわ、まだ泣いてて」

レミリアは囁くと息を吐いてもう一度囁く。

「涙が止まるまで、待ってるから」

泣き続ける彼女には聞こえたのか分からないが、それは今一番彼女に必要な優しいレミリアの言葉だったのは間違いなかった。



●○●



数十分。
待っていると、自然とフランドールの啜り泣く声は聞こえなくなっていた。

「落ち着いた・・・?」

優しい声にフランドールは俯いていた顔を上げた。
言葉は出なかったが頷くだけの返事をした。
レミリアはその様子を窺うと

「これ、憶えてる?」

フランドールに手にある物を示した。
筒のような物が大事そうに両手に抱えられている。
見ればそれはあの時に貰った万華鏡だった。

「うん・・・憶えてるわ」

憶えていても、万華鏡を見ると思い出すのは苦い思い出ばかり。
この万華鏡はレミリアがプレゼントしてくれた物だったが、レミリアが投げ捨ててしまって少し傷ついていた。
万華鏡もフランドールも同じように、レミリアの手によって傷ついてしまった。
フランドールを見続けるレミリアに声をかけようとした時。

「・・・・・・ごめんなさい」

眉を寄せて、それはとてもとても切なく悲しい表情を浮かべた。
突然の謝罪に驚きを隠せなかったフランドールはまた目を丸くしていた。
レミリアはフランドールを見つめ、話を始めた。

「貴女、私に言ったわね。本当に私のこと、愛してくれていたのって」

―・・・この頃外へ出ていくのは、私に愛想をつかして外へ出ていくんだと思ってたわ。

「私はフランを愛してる。それは本当よ。信じて・・・」

―・・・そうか、愛してくれてたんだ。よかったな。
私もね、お姉様が好き。でも大好きなお姉様が家にいないのは寂しかったんだよ?

「お姉様は外へ出るようになった。お姉様がいなくて寂しくて、お姉様の所へついていこうとしたのにお姉様は止めた。どうして?」
「それは・・・貴女を外に出してやれなかったのは・・・その」

―・・・私が外へ出ればみんなを騒がせるし、それにどこか私はオカシイから外に出せないんだ。
分かってるよそんなこと。

「私、オカシイもの。こんな私と一緒に外なんて出れるわけ、ないよね」
「違うわ!!」
「え・・・」

レミリアの叫びに、フランドールは凍り付いてしまった。
彼女には姉の言葉が分からなかった。
自分が胸に抱いていたことを否定した姉の思いが分からなかった。

「そりゃ、あんたの能力は怖ろしいわ。外に出すのも考えられないくらいにね」
「・・・・・・」
「でもね、それだけじゃないの」
「・・・?」
「外にね、フランを愛してるのと同じくらい、好きな子ができたの」
「それって・・・私以外に愛した人ができたから、もう私なんかどうでもよくて外へ出ていったってことでしょう・・・?」
「・・・・・・確かにその言葉は間違いでもない。でも貴女のことがどうでもよくなったことはないわ」
「もう訳分からないっ!お姉様は嘘吐きなんじゃないの!」
「フラン・・・っ・・・」
「私、お姉様の顔なんて見たくない!もう見ない!」
「そんなこと・・・言わないでっ!」
「・・・離してっ・・・!」

レミリアはフランドールを強く抱きしめた。
フランドールはそれに強く抵抗したがそれでもレミリアは離さず、より強く抱きしめた。

「貴女を外に出せなかったのは・・・・・・他の誰かに貴女を奪われるのが怖かったからなの・・・」

感情が昂るフランドールに今にも泣き出しそうな囁く声が届いた。
その声を聞くと、彼女は急に力が抜けてしまった。
部屋に今まで訪れることもなかった静寂が訪れた。
落ち着くまでフランドールを離さずに抱きしめていたレミリアは再度口を開く。

「外にはね、私がフラン以外を好きになってしまうほど、魅力的な人間がたくさんいたの」

魅力的な人間と聞いて、ふと、フランドールは魔理沙を思い浮かべた。

「そんな魅力的な人間に貴女の心が奪われてしまったら・・・私から離れていってしまうような気がしたの」

強く抱きしめたフランドールをゆっくり解放する。
互いの表情がこれで窺えるようになると、二人は見つめ合っていた。

「だから貴女を外に出さなければ平気だと思ってた。私から人間に会いに行けば人間がフランと会うこともないし、フランが人間に心を奪われることもないと思ってたわ」
「・・・お姉様」
「でも、そんなことを言って心を奪われていたのは私だったわ」

これは、とある姉妹の複雑な愛の物語なのかもしれない。

「貴女が大好きよ・・・フラン」

最後にレミリアは小さな唇を奪った。
先ほどまであれだけ抵抗していたフランドールも、今回だけは自らも唇を重ね合わせた。

この二人は喧嘩をすることがあっても、想いがすれ違うことがあっても、嫌い合うことはないのだと思う。
互いの想いがすれ違ってしまったことが引き金で起こった物語であったが、この二人は離れ離れになることはない。
互いを愛しているその想いだけは違わないのだから、離れてしまうことはないのだ。
それを確かめ合うかのように、二人は離れることはなかった。



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部屋の外で随分待たされていた咲夜、魔理沙、パチュリーはようやくレミリアに呼ばれて部屋へ戻った。

「仲直りできたみたいだな」
「うん・・・ありがとう」

妹は大丈夫だったのか心配していた魔理沙だったが、フランドールの様子を見るとその心配は解消された。
フランドールの顔が少し赤っぽくなっているのが気になったが気にしないことにした。

「よかったですわ」
「元はと言えばレミィが悪いのよ?もっと妹様と遊んであげないから・・・」
「え!?私は遊んでいるつもりだったわ!」
「妹君はまだ幼いんだから姉がしっかりしないとなー」
「あんたに言われるとムカツクわね」

そこに、皆の笑い声が溢れた。
姉妹もしばらく忘れていた笑顔を取り戻していた。

「これに懲りたらもう霊夢の所には来るなよな」
「霊夢?お姉様、やっぱり巫女の所に行ってたのね」
「え、これはねフラン・・・。もう魔理沙!余計なことを・・・!」

レミリアが魔理沙に牙を向けようとしたその時だ。

「ホント、しばらく来なければいいのにねー」

この部屋にいる者の声ではない誰かが会話に入ってきた。
声を聞いて誰なのかはこの場にいる皆は分かったが、その誰かが分かったからこそ驚いた。
その声の主とは、博麗 霊夢だった。
初めに霊夢に声をかけたのは魔理沙だった。

「霊夢!?どうしてここに」
「魔理沙を向かわせたのはいいんだけど、やっぱり心配になっちゃって私も出てきたのよ」
「じゃあ私があんたの代わりに行った意味がないじゃないか・・・面倒だって言ったくせに!」
「あれ?私そんなこと言ったかしら?」
「おいっ」

魔理沙を茶化しながら皆の様子を一望すると、霊夢はにっこり微笑んでいた。

「なーんだ。心配して損しちゃった。ちゃんと仲直りできてるじゃないの」
「霊夢・・・魔理沙・・・、その・・・悪かったわね」
「おお気味悪いな。レミリアが謝るとか」
「煩いわね・・・っ・・・!」
「まあまあお姉様」
「そうですよお嬢様」
「レミィはしばらくの間、外出禁止ね・・・」
「パチェ・・・!なんてこと言うのよー!」

賑やかな声はそれからもずっと館に響いていた。
二人の姉妹に巻き込まれた人は、不幸な気持ちになるよりも、幸せそうな気持ちになっていることの方が多かった。

「フラン。渡すの遅くなってごめんね」

レミリアはずっと手に持っていた万華鏡をフランドールに渡した。
フランドールは喜んで受け取った。

「ねえお姉様。今度一緒にこの万華鏡を覗きましょうよ!」
「私も?いいの?」
「うん!」
「嬉しいわ・・・ありがとう、フラン」

フランドールと万華鏡。
どちらもレミリアによって一度傷ついてしまったが、元の明るさを取り戻し、人々を喜ばせる力を取り戻していた。



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後書き。



10000hitsありがとうございました!
初めての企画でドキドキしました。ようやく全ての企画が終了しました。
10月辺りからグダグダ続けてきてしまって本当にすみませんでした・・・!

私の思うスカーレット姉妹はいつもこのような感じです。
喧嘩をしてもお互い好き同士だから嫌いになれない仲良しな姉妹だったらいいなと思いながら書きました。
たとえ複雑な関係(レミリアが霊夢を好きだったりとか)があったりしても、妹となーかーよーくね!←
そんな姉妹をじつは一番心配している魔理沙とか霊夢も背景に、いろいろ楽しく書きました。

記念小説はいかがでしたでしょうか?
ここまでお付き合いくださった方、本当に感謝しています!
皆さん、ありがとうございました!
そしてこれからもよろしくお願いします!

Chimie 2010.02.28
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