きみとカレイドスコープ ●○● 博麗神社を後にした紅魔館の主レミリアは、館の門に到着した。 立派な造りの門前には、紅い長髪が目立つ人が立っていた。 「ただいま」 「お嬢様、また外へ出かけてたんですか?」 「門番のくせに私が出ていたことも知らなかったの?」 「だって・・・お嬢様は出かける時に門を通らないじゃないですか」 「それもそうね」 紅い長髪の門番、美鈴が声をかけてきた。 今日の来訪者はいなかったかどうかなどを聞き、自分が留守中の紅魔館の様子を聞いた。 「外からは誰も来ませんでしたが・・・」 「何よ?何かあったの?」 何か言いたげな美鈴が気になり、その先を促した。 彼女は一度視線を逸らして辺りを確認する。 その行動に何の意味があるのか不明だが、確認を済ますと美鈴はレミリアに話し始めた。 「誰か来たかと言えば、妹様がお一人でこの門まで来られましたよ?」 「フランが?」 「いつもなら私の方が妹様のところまで参りますのに・・・」 どういうことなのだろう。レミリアも美鈴もそう思った。 フランドールが一人で館の外まで出てきた。外とは言えど門くらいまでだが。 500年程も生きてきた中で今一番レミリアは驚いているのかもしれなかった。 凡そ495年間外へ出なかったフランドールが、自ら外へ出たのには何か妹の中に変化が起きたからなのではないだろうか、そのように考えたからだ。 その変化が気になったレミリアは館へと急いだ。 ●○● 「フラン?いたら返事をしてちょうだい」 館に戻りすぐに妹がいるであろう部屋に向かった。 閉まっている扉を開けると部屋は真っ暗だった。 灯りを点けないで寝てしまったのだろうか、それともこの部屋にただいないのか。 暗闇に向かってフランドールを呼んでみるが最初は返事がなかった。 ここにはいないのかもしれないとレミリアが振り返ったときだった。 「お姉様・・・どうしたの・・・」 フランドールがきょとんとした顔でこちらを見ていた。 ここにレミリアがいることにとても驚いている様子だった。 「部屋の灯りも点けずにどうしたの?」 「えっ・・・・・・なんでもないわ」 「本当に?」 「な、なんでもないのよお姉様。本当になんでもないわ」 フランドールの顔を見るが、レミリアの顔を妹は見ようとしなかった。 視線がずっと泳いでいる。 なんだか様子が可笑しいことは明らかだった。 「あ、お姉様。なぁに?その手に持ってる物・・・」 ふとレミリアの手に握られている物を見つけたフランドールはレミリアに訊ねた。 「これは・・・フランへのプレゼントよ。万華鏡という東洋の美しいスコープらしいの」 「え・・・?」 「早速覗いてみましょうよ。凄く綺麗なものが見れるそうよ」 「え?・・・あっ・・・!!お姉様、お部屋の灯りを点けてはダメっ―」 万華鏡は光に向けて覗く望遠鏡のような物と聞いたので、レミリアはフランドールの部屋に入り、灯りを点けた。 しかしフランドールはそれを拒んだが、遅かった。 部屋に灯りが行き渡ったとき、レミリアは目の前の光景に絶句した。 フランドールの足元にはレミリアが手にしていた万華鏡が投げ捨てられ、レミリアは一人のメイドの名を叫んだ。 「咲夜!!」 部屋の中央で着ている服はボロボロに裂かれ、露出している腕や脚などが傷だらけになっている咲夜がいた。 咲夜はそこで三人の影に囲まれていた。 レミリアの傍で怯えている妹と同じ容姿の少女が三人、咲夜を取り囲み不気味な笑みを浮かべて咲夜の頬を撫でた。 『フフ・・・綺麗ね。美しいわ』 『美しいから傷つけたくなる』 『壊したくなる―』 少女の華奢な細い指は咲夜の唇を丁寧に触りながら不気味に微笑んだ。 指は咲夜の唇や舌を弄び、咲夜はまるで少女に犯されているようだった。 フランドールと同じ容姿の少女達が大切な従者を弄び続けるその光景にレミリアは苛立ち、声を荒げた。 「今すぐ咲夜から離れなさい!!」 傍で怯えていたフランドールはその声にびくりと肩を震わせた。 レミリアは閃光のような速さで部屋の中央目掛けて跳んだ。 忌まわしい少女の腕を振り払い、三人に取り囲まれていた咲夜はレミリアにより開放された。 瞼を閉じたままの咲夜に声をかけるが返事はなかった。咲夜はすでに意識を失っていた。 そんな姿の咲夜を見、三人の少女をレミリアは睨み付ける。 しかし三人は姉を嘲り笑った。 『そんな顔して、お姉様ったら面白い人ね』 『美しいわ・・・お姉様の憎しみに満ちた顔』 『食べてしまいたい―』 クスクス笑う声に苛々するレミリアの声はもっと荒々しくなっていく。 「何を言ってるの・・・今すぐ失せなさい」 『酷いわお姉様。フランに向かってそんなこと言うの?』 目の前にいる憎い対象が自分の妹だと言われ、レミリアは反論した。 「お前なんかフランじゃないわ!」 『そんなことないわ。私達だってフランよ』 レミリアの知っているフランは“咲夜を傷つけるような子ではない”。 だからこの三人の妹の姿をした少女は“フランではない”と思っていた。 でも少女達は口々に「私達はフラン」だと言うのだ。 当然レミリアは信じる気もなかった。 そんな彼女はまだ扉の側で怯えるフランドールを指して言う。 「フランはあそこにいる子。あんたたちは絶対に違うわ!私のフランと一緒にしないで!」 一人扉越しのフランドールはレミリアを見つめて。 「・・・っ・・・お姉様・・・あの子達は・・・」 「フラン・・・?」 苦しそうに、それはそれは、苦しそうに。 たくさんの涙を流していた。 ●○● 笑い声が一つ、二つ、三つ。 『あはははは―!一人でそんなに泣いちゃって変なのー!』 『“あのフラン”は臆病だわ!』 『私達と同じフランなのに・・・可笑しな子!』 レミリアはまた三人の少女を睨んだ。 しかし、その表情はすぐ驚愕へと変わった。 「・・・・・・お姉様、その子達が言ってるのは・・・本当よ」 フランドールが扉の方からゆっくりレミリアへ近づきながら囁く。 妹はこの憎い三人の言葉を否定せず、肯定してしまったことにレミリアは驚きを隠せなかった。 この三人と妹を同一人物として思いたくなかったから故に、悲しくもあった。 目の前にフランドールが来るとすかさず言い返す。 「嘘を吐かないで・・・。あなたは私の大切な人を傷つけるようなことはしない子でしょ・・・?」 「確かにそうよ。私は咲夜を傷つけることなんてしないわ。でも、その三人の子達は“私”でもあるの」 クスクス笑う声をレミリアは無視し続けて。 レミリアはどうしようもないくらいに目を見開いてフランドールを離さない。 「分かる?つまり“私”が咲夜を傷つけてしまったことになるの。私が悪いの・・・私がこの三人を呼び出してしまったから」 内心、それは嘘だと言って欲しかった。 『うふふ。フランは悪くないのよ。お姉様が悪いのよ』 『お姉様はフランを放っておいて夜遅くまで遊んでるのよね。だから私達は一人ぼっちで可哀想なフランの中から出てきたの』 『フランは悲しかったの。同じ思いをお姉様にも判らせたまでよ』 三人は笑い、一人は泣いていた。 「お姉様・・・ごめんなさいっ・・・」 こんな時、どういった言葉をかければいいのだろう。 永い時間を生きてきたはずなのに事は解決できず、口は開いていても言葉が何も出てこなかった。 泣く者、笑う者が入り混じるこの部屋で、レミリアは一人混乱した。 「レミィ!」 空気を裂くように放たれた声は、親友のものだった。 レミリアはパチュリーの一声でふと周りを見上げると、そこにはあの三人の姿がなかった。 どうやら彼女の登場に姿を眩ましたようだった。 「大丈夫・・・?」 「ありがと・・・あんたのおかげで助かったわ―」 強張っていた身体を解き放ち脱力したレミリアの傍にパチュリーが駆け寄った。 安堵の息を吐くがレミリアは腕の中で意識を失っているままの咲夜を見た。 瞼を閉じ、レミリアの声にも全く反応しない。 咲夜の傷を見、先程の事を思い出す。 “―・・・分かる?つまり“私”が咲夜を傷つけてしまったことになるの。私が悪いの・・・私がこの三人を呼び出してしまったから・・・―” 愛しい妹がしたこととは思いたくなかった、何度も違う、違うと心の中で繰り返した。 目の前のフランドールに目を向けた。 「・・・・・・私、いなくなったほうがいいのよね」 「何を言ってるの・・・可笑しなこと言わないで」 「だって、私がいると酷いことばかりだもの」 「妹様、そんなことないわ。失敗というのは生きている内に必要なことよ・・・」 「迷惑だったのよ。だからお姉様は中より外へ出て行くことを多くしたんだわ」 「違うのよフラン!そんなことない―」 心の闇へと堕ちていくフランドールは二人の言葉だけでは救えなかった。 何を言っても反発しあう言葉達は彼女を救済する道を開くことはない。 心の闇が存在する世界へ堕ちると、対極の世界に存在している人物には術がないのだ。 「お姉様・・・本当に私のこと、愛してくれていたの・・・―?」 「―っ・・・!!」 その言葉を最後に、フランドールは館から姿を消してしまった。 彼女は恐らく、館の外へ出たのだ。 |